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「オルレアンのうわさ」 第2版 [読書 : 読んだ本の紹介]


オルレアンのうわさ―女性誘拐のうわさとその神話作用

オルレアンのうわさ―女性誘拐のうわさとその神話作用

  • 作者: エドガール モラン
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 1997/06
  • メディア: 単行本


「ブログ炎上」などという表現が普通に通じる言葉になってしまい、「風評被害」もカイワレ大根の事件など数多く発生している。また、松本サリン事件などに見るマスメディアの「誤報」も大きな問題だ。このようなことは、テレビやインターネットなどの“新しい”、“巨大な”メディアやコミュニケーション手段が生まれてきたことが“原因になって引き起こされる、という話もある。が、やはりそれらは“手段”だけの話で、人の性(さが)というか、もっと根の深い、昔からある問題のようだ。そんなことを、本書を読んでまず感じた。

本書は、1969年にフランスのオルレアンで起きたある「噂」を社会学的に追った報告書だ。オルレアンはパリの南西100Km程度のところにある郊外の街だ。この街の少女達の間にある噂が広まっていく。それは
「ユダヤ人が経営するブティックで、何人もの女性が行方不明になっている。試着室で薬物を注射され、地下通路を伝って海外に連れて行かれ、売春組織に売られてしまう」
というもの。いまではよく聞く話だが、まさにそのルーツ的な”事件”がこの「オルレアンのうわさ」だった。初めは少女達が学校の教室で噂する程度だったものが、親や教師にも伝播していき、不買運動的な行動に出る者も現れる。また、噂の対象となったのが「ユダヤ人」経営の店と言うことで人種問題にも発展していってしまう。第二次大戦中にドイツに占領され、ユダヤ人追放に荷担させられたフランス国民にとってこの問題は、戦後二十数年たってやっと平穏化してきた、触れられたくないことでもあったのだ。もちろん、警察に通報(密告?)する者もいたし、市長に掛け合ってなんとかしろと陳情する者もいた。噂はあっという間に広まり、拡大していく。人種差別反対派からは「ナチスの残党が故意に流した噂だ」などという、これも根拠に欠ける(一種の)「噂」を逆に流したので、さらに話は大きくなる。が、そんな大騒ぎも、市や警察から「そんな事件は起きていない」とだけコメントされた辺りから急速にしぼんでいく。そして、まさに人の噂も七十五日、一ヶ月の後には街は落ち着きを取り戻したのだ。
「噂」が生じて広まり、そして収束する経緯を書くとこれだけのようだ。だが、その過程や裏に隠された人々の意識にはずいぶんと根深い者があったのだ。著者らは社会学を研究しており、フィールドワークとしてこの事件を取り上げ、噂が沈静してからすぐにオルレアンに赴いて、インタビューを行ったり報道記事を集めたりして、実際に何がどのように起きていたのか、その原因や本質は何だったのかを探ろうとした。そこから見えてきたのは、社会変化に伴う若者達と“大人”達のギャップや不安、(パリに)遅れて都会化してきたがまだ旧来の農村的社会も残っている郊外都市オルレアンの立ち位置、そしてもちろん人種問題。それらを一つずつ解きほぐしていくのだった。

こういうのの分析ってどんな風に進めるのかほとんど知らなかったのだが、本書は分析報告と共に、その素材というか原稿段階のノート・日記も併せて載せてあり、こんな感じで調査・分析をしていくのかというのがわかって面白い。学問として研究するのだから、客観的でなければならない。だが、やはり時代背景というかその時に主流となっている“パラダイム”には逆らえないようで、それを想像するのも面白い。例えば、男尊女卑的な価値観は、人種問題がこれだけ議論されているにも関わらず(?)やはり根強く残っている。「少女達やOL(本文では「秘書たち」と呼ばれているが)が噂を醸成していったが、噂が男社会に達すると急にしぼんでいった」といった主旨の分析をしている。大の男は噂話に振り回されない、という価値観が知らないうちにそんな発言をさせたんでしょうか。
と、今の目線で見るとちょっとどうかなと思うこともあるのですが、それを割り引いてみればその分析の仕方はやっぱり感心します。そして、それによって明らかにされたことは、逆に今の世の中においても何ら変わらない普遍的なこと。最初に書いた「ブログ炎上」だのなんだのの根にあるものは、リセの教室でされるひそひそ話で広まっていくものと変わりはなさそう。

最近の問題を考える上で、古典として読んでおくべき一冊でしょう。







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カエル

なんだか面白そうですね。
by カエル (2010-11-12 14:38) 

はくちゃん

こんばんは
気持ちいいお天気の一日でしたね
(^^)/

by はくちゃん (2010-11-12 20:38) 

JOY

ぶんじんさんの本の趣味、ツボです。
おもしろそう。
by JOY (2010-11-13 01:23) 

ぶんじん

カエルさんへ:
おもしろくて、そして怖い話です。

はくちゃんさんへ:
おはようございます。

JOYさんへ:
機会があれば読んでみてください。テーマは普遍的。みすず書房が今、復刊したのも頷けます。
by ぶんじん (2010-11-14 11:24) 

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