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「切り裂きジャック」 [読書 : 読んだ本の紹介]

前世紀末のロンドンで起きた凄惨な連続殺人事件。娼婦ばかりを狙い、身体を切り刻む残忍な手口。そして、犯人から警察や新聞社に送り付けられる犯行声明。いわゆる劇場型犯罪の典型だ。いや、これが元祖なのかも。犯人は自らを切り裂きジャックと名乗る。そして、警察の捜査を逃れ、二十一世紀になった今でもその正体は不明だ。そんな難事件に『検屍官』シリーズでおなじみの米国推理作家パトリシア・コーンウェルが挑んだ。7億円もの私費を投じ”再捜査”した結果がこの作品なのだ。ということで、切り裂きジャックフリーク(?)としては読むべき本の一冊だろう。

百年以上の長きにわたって迷宮入りとなっていたこの事件だが、本書の冒頭で著者はいきなり犯人を名指しする。イギリス印象派の画家ウォルター・シッカートがその人だ。知っている人はここでいきなり「をを!!」と声をあげてしまうのだろう。が、残念ながらこの人のことを知らなかった私は「ふーん」という程度であった。とはいえ、インパクトのある始まりかたである。犯人を明かした後はじっくりと証拠固めだ。と言っても百年以上前のこと。いくらお金をかけても「関係者からの聞き込み」はできない。著者のとった作戦は、残された数少ない物的証拠を再分析することと、容疑者シッカートの生い立ちや人となりを調べて描き出すことだ。

物的証拠の再分析を通し、現代の犯罪捜査と、当時のそれとの比較もしてくれている。例えば、犯行現場近くの路上の黒いシミが血液であるかどうかはルミノール反応なんぞによってすぐにできる。このことは二時間ドラマ好きな人でなくてもほぼ常識だろう。だが、当時はそんな技術はなかった。明らかに血液だとわかっても、それが人のものか野良犬のかを区別できない。検死の仕方もひどかったようだ。The X-Filesでは、スカリー捜査官が自ら検死を行うシーンが何度も出てきたが、当時はそんな設備すらなかった。だいたい、冷蔵庫がないのだから遺体は自然の成り行きに任せるしかない。時間が立てばそこから得られる情報は減っていくだろう。傷口の形はわかっても、皮膚の色はわからなくなっている。その他の証拠はどうだろう。著者は、犯人が犯行声明として警察や新聞社に送り付けた手紙を手に入れる。そしてそれに使われている紙に着目した。透かしが入っている。どうやら高級な紙のようだ。現代のように大量生産されたものではない。この線で追っていくには昔の方がいいかもしれない。そしてある有名な製紙会社にたどり着いた。シッカートの使っていた紙も合わせて集める。絵を購入し、はがしてみる。彼の手紙を探り当てる。そうして、一部で同じ透かしの入ったものを見つけることができたのだ。他には、それらの手紙が出された場所と時期を調べ、その時にシッカートがどこにいたのか(またはいなかったのか)から”足取り”を追っている。シッカートは役者でもあったそうで、芝居のために各地を回ったり、また見物に出かけている。競馬好きで各地のレースを転々としたこともあったようだ。切り裂きジャックからの手紙はどれもこれもがシッカートがよく訪れたり、気に入った場所であったことも分かってきた。ただ、残念ながら指紋採取やDNA分析はうまくはいかなかったが。。。

シッカートの人物・性格分析は、まるで彼の伝記を読んでいるようだ。どんな家庭に育ったのか。子供のころの家庭環境はどうだったのか。そして大人になってからの彼の人付き合いの仕方はどうだったのかに至っている。彼の作品を知らないのだが、口絵で紹介されているものを見る限りは確かに怪しげだ。ベッドの上に裸体の太った女。横にいる男はきちんと服を着ている。これは切り裂きジャックが犯行の時の様子を思い出して描いたものなのだろうか。うーん、そう言われるとそんな風にも見えてくる。

犯行の様子を再現した描写は生々しい。さすがは『検屍官』シリーズの著者だ。その様子が頭の中で想像できてしまう。苦手な人にはちょっと厳しいかも。

さて、そんなこんなで著者は最重要容疑者を割り出した。だが、今となっては自白させることも法廷に立たせることもできない。すべては闇の中だ。例え七億円かけたとしてもこれは一つの説にすぎない。切り裂きジャックの正体としては、狂った医者や怪しい外国人から、イギリス王室、果てはフリーメーソンの陰謀説までありとあらゆる説が出ている。陰謀話が大好きな私としては、本書の結論にもめげず、これからも切り裂きジャックの謎で楽しんでいきたいと思っている。真実はタイムマシンが登場するまではきっと明らかになることはないのだから。



私は古本で読んだんですが、、、。もう絶版?

切り裂きジャック

切り裂きジャック

  • 作者: パトリシア コーンウェル
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2003/02/01
  • メディア: 単行本



ということで、今はこちらの文庫版でどうぞ。

真相 (上)―“切り裂きジャック”は誰なのか?

真相 (上)―“切り裂きジャック”は誰なのか?

  • 作者: パトリシア・コーンウェル
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2005/06/15
  • メディア: 文庫


真相 (下)―“切り裂きジャック”は誰なのか?

真相 (下)―“切り裂きジャック”は誰なのか?

  • 作者: パトリシア・コーンウェル
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2005/06/15
  • メディア: 文庫



切り裂きジャック入門ならばこれがおすすめです。

図説 切り裂きジャック

図説 切り裂きジャック

  • 作者: 仁賀 克雄
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2001/05
  • メディア: 単行本



実は、コーンウェルさんの小説はまだ読んだことがないのでした^^;

検屍官

検屍官

  • 作者: パトリシア コーンウェル
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1992/01
  • メディア: 文庫


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コメント 2

mamire

ぶんじん様、こんばんは~♪
わぁ、やっと私が知っている本が登場しました。
パトリシア・コーンウェルでーーーす。
すごくうれしい~♪
死んだはずのベントン・ウェズリーが生きていた、スカーカーペッタシリーズ「痕跡」までは読んだのですけれど、切り裂きジャックはその後のシリーズですか?
ほんとに、コーンウェルさんの作品には、はまります。
大抵、2日もあれば読み終えてしまいます。
なのに、「蟻」シリーズはまだ読んでいるのです・・・・・
by mamire (2007-08-07 22:59) 

ぶんじん

mamireさんへ:
おお、コーンウェルのファンでしたか。私もそのうち読んでみようかな、と思っております。
この本は小説ではなく実話(というかドキュメンタリー?)です。捜査記録とも言えるかな。
by ぶんじん (2007-08-08 22:12) 

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