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「碑文から見た古代ローマ生活誌」 [読書 : 読んだ本の紹介]

原題は"Understanding Roman Inscriptions"。「ローマの碑文解説」といった意味だろうか。さすがにこれでは売れないかと思ったのか邦題はご覧の通りになっているが、内容はまさにこの通りでローマの碑文に関する入門書だ。もちろん、その碑文を解読していくしていくためにはローマの人たちの風俗や習慣、ものの考え方も知らないといけない。その意味では生活誌でもあるのは確かだ。どちらに興味のある人も読める内容になっている。
碑文の特徴はその独特の言葉の省略形にあるようだ。まずはこれを知らないと全く何を書いてあるのか判らないことになる。いわゆる決り文句はその頭文字だけをとって略される。例えば墓碑によくあるものとして「DM (Dis Manibusの略):死者の魂へ」だの「HSE(Hic Situs Estの略):ここに彼は眠る」だのといった調子だ。今でもメールでP.S.と書いたらPost Script(あとがき)の略だというのと同じこと。
名前やよく出てくる単語もしかり。これは、碑文を書ける面積が限られていた(墓石にしろ、記念碑にしろ)ためだろう。で、当時の人は当然ながらこの省略形がちゃんと理解できたようだ。誰にも読めなければ碑文の意味がないのだから当然だが。が、現代の我々には難解だ。たとえば名前。ローマの人たちはどんな名前を名乗っていたのだろう。普段の呼び名は知る良しもないが、碑文のような公的な文書の場合は
   個人名+氏族名+選挙区+姓
とするのが普通だったそうだ。これに加えて碑文だと親の名前も書き添えられるようだ。親の名前というのは「だれそれの息子」という感じになる。ロード・オブ・ザ・リングでもこんな感じで「アラソルンの息子アラゴルン」という呼び方が出てきたが、あれである。さて、選挙区がそんなにたくさんないのはしかたないとしても、名字や名前も今のようにバリエーションがある訳ではなく、かなり限られたパターンしかなかったようだ。なので、省略形で書いてもわかるわけだ。個人名としてはMarcus(M), Quintas(Q), Sextus(Sex)のなどが知られている。カッコの中がその省略形になる。氏族名はちょっと聞き覚えのあるJulius, Aeliusなどだ。
碑文に刻まれる日付もまた特徴がある。もちろん、西暦なんてものはこの時代にはない。では年をどのように表記したのか。それは、その時の皇帝の名前と、その人が何度目の護民官の時だったかを合わせて表記していたのだ。皇帝は退位するまでは何年でも皇帝だったが、ある時期から護民官(今で言えば大統領か首相?)としての任期は一年となり、毎年更新されていた。つまり、「ブッシュ大統領任期二期目の年(アメリカ大統領は任期四年だけど)」という感じだろうか。帝政になる前は、執政官に任命された元老院議員の名前を挙げて「誰それが執政官の時」という表現を使っていたらしい。執政官や皇帝(護民官)のリストを作ることによって年代表になるわけだ。
碑文にはどんな種類があるかも本書では概観している。一番多いのはやはり墓碑の類だ。ローマの墓は街の中にはなく、またまとまった墓地もなかった。彼らは街外れの街道沿いに墓を建てたのだ。死んだあとも道ゆく人に自分のことを思い出してほしかったのだろうか。そうでなくても心細い旅路。墓に囲まれて街道を歩くのはあまり気分がいいとは思えないのだが。
そのほかでは軍事関係のものも多い。軍事力によって領土を拡大していったローマは、たくさんの軍団を各地に送り込んでいった。彼らは派遣先で勝利を収めると戦勝記念として記念碑を建て、碑文を刻んでいった。これらの碑文からは、ローマがどのように領地を広めていったかも分るし、地方をどのように治めていたかの片りんも覗き見られる。軍団司令官として赴任した地でそこの行政の長になったなった人がいたり、逆に地方出身の人(軍人)がローマに出てきて地元の意向を代表する植民市の保護者になったりといった雰囲気。武力支配が基本ではあったろうけど、現在の地方自治体や各地方選挙区で選出された国会議員といった感じの組織ができていた。さすがはローマ。政治のやり方でも世界に冠たるものがあったようだ。
さて、私もこれで少しは碑文の読み方が身に着いただろうか。今度、博物館に行った時に本物の「解読」に挑戦してみるかな。もちろん、そんなに生易しいものではないだろうけど、名前や決まり文句の省略形を見つけられたら、きっとそれだけで得意な気分になれるだろう。そんな楽しみを与えてくれた楽しい本だった。


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コメント 5

ウチータ

塩野さんの「ローマ人の物語」を読んだあとだと、こういうのは興味がでてくるもんですね。
本、買ってみようかな・・・。
by ウチータ (2007-05-04 13:31) 

RangerMaeda

へぇー凄くロマンがありますねぇー
生活誌、読んでみたくなりました^^
by RangerMaeda (2007-05-04 21:14) 

ぶんじん

ウチータさんへ:
おお、もう二十巻以上出ているんですよね。そのうち
読みたいなぁと思っています。
ラテン語入門にもお勧めですよ。

Rangerさんへ:
まさにローマンです。昔の人も今と同じだなぁとよく
わかりますよ。
by ぶんじん (2007-05-05 18:53) 

JOY

これまたおもしろそう!
墓が立ち並ぶ街道ってどんな風景なんだろう・・・と想像がふくらみますね☆
by JOY (2007-05-12 21:42) 

ぶんじん

JOYさんへ:
教会やお寺のように「死後の世界」も面倒みてお墓をそばに作る、ってことがなかったんですよね。生きている人(街道を行きかう人)とのつながりの方が大事だったようで、ローマ人の死生観、興味深いです。
by ぶんじん (2007-05-13 09:43) 

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